さわらいど

さわらいど

ブルベ6年目の大学生→社会人。主に自転車ロングライドが中心。山形転勤おじさん。酒田の地から。

イメージが洗練されるとき。

調子がいい時ほど、物事は洗練されていく。

スポーツの技術的なところだったら、それまでイメージを言葉にして落とし込んでいたことが体得できるようになって、わざわざ言葉にして書かなくなるようになる。自分の思い描いているイメージに段々と近づいているときは、チェックリストを埋めていくようにどこを直せばいいのか、その要点だけを抑えこんで分析できるようになる。

 高校の時につけていた練習日記が、まさしくそんな感じだった。
 
調子のいい時は文書の量が少なくなって、改善点がピンポイントで書いてある。じゃあ、それまで書いてない技術的な部分はどこで気づいて直してきたのかというと、それより過去の日記に断片的に書いてあったりする。「⚪︎⚪︎できるようになってきた」という文書があればわかりやすい。身体の中にいくつものジグソーパズルがあって、それが一つずつ完成したり、その大きさが突然増えたりする。「⚪︎⚪︎できた」という積み木を積み上げていくような感覚だった。
 
調子が良かった時、僕は400mのランナーだったのだけれども、当時は技術的な課題を大きく幾つかに分けて、脳内チェックリストのようなものを作っていた。
 
当時僕は山崎健吾選手(埼玉栄日本大学)の走り方を僕は手本にしていて、自分が走っている時に「山崎さんっぽいところをベースに自分が効率いいと思う走りができていると考えている走り方」を追求していた。その時に意識していたのは
・コンパクトに、腕を前へ振ること(その反作用で後ろに大きく腕を振ることができる。より前に進むために)
・腕は常にまっすぐ振っている(あくまでイメージ)
・一歩一歩、きちんと地面を踏むこと。(押し込むとも言い換えられる。)
・スタートから三歩まで、足を固めてしっかりと地面を押しているかどうか。(それによって加速で使うエネルギーをムダ遣いせずに済むと思っている。論文ほしい)
※流し→フルスピードにする際、エネルギーをゼロ加速よりも消費してて、最大スピードを上げることが満足にできない感覚があるから。
 
・・・というようにして、毎回走りの中でこの課題ができているか、できていないかをチェックしていて、タイムを参考にしながら修正を繰り返していた。高校3年生の7月時点のイメージだったから、もっと競技者としてレベルが上がればそれに応じて修正はしていたはずだけど、とりあえずこんな感じだった。