さわらいど

さわらいど

ブルベ3年目の大学生→社会人。主に自転車ロングライドが中心。多摩・長野を中心に走っています。

走ることは生きること?

「走っているとき、生きているって感じているの。」

昨日の会話の中で出てきたこのワンフレーズが、未だに頭の中を駆け巡っている。勝手ながら、そのまま引用する。

 

この言葉を聴いた時、走ること=生きる意味を探すための行為 とこれまで捉えていた自分を思い出した。

 

社会学や社会問題には、アディクションという用語がある。

アディクション生理学的必要性の有無にかかわらず、その行動の中断が大きな不安感を生じるような、衝動強迫性を伴う反復的行動をさす。 

調べてみたら、こんなことが書いてあった。生活に支障が出ているにも関わらず、止められない行動のことをアディクションと指したそうな。かつては薬物依存症に対しても、ADDICTIONという言葉は使われていた。

自分を振り返ってみると、まさに

「ADDICTION TO RUN」な状態だった。そして、僕はこれ以上走る行為にADDICTIONをしたくない。

自分にとってこれまで、走る行為は自分の存在証明をするためのツールだった。依存していた。脱却できた時、記録を追求すること、誰かを追い抜くことが全てでは無いことに気付いた。走る行為は自由で、誰かと共有したり、一人で打ち込んだり、追い求めたりと、その時々で自分が満足できるかどうかということなのだと。

人生は走ることが全てではない。だけど僕は強い人間ではないので、これからも少なからず依存をしていくのだろう。

 

ならば、あらゆることを経験する人生そのもの、生きることに依存しようじゃないかと思った。どうせ「生きることが暇つぶし」ならば、生きることにのめり込み(ADDICTION)たい。生きることに対して持っている渇望を、

ポジティブに、「LIVE ADDICTION」という言葉で表現したい。この「LIVE」には、精神的な生と身体的な生のどちらの意味も含め、その想いも込めて。