さわらいど

さわらいど

ブルベ3年目の大学生→社会人。主に自転車ロングライドが中心。多摩・長野を中心に走っています。

【BRM920 ええじゃないか伊勢夫婦岩1000】その8 DAY3(後) 760~900km

2014年9月22日(月)PM3:40 静岡県 御前崎市

 

まるでフレッシュ(fleche)*1みたいに、5人で構成されたこの編隊は東へと進路を進んでいた。メンバーは男性3人、女性2人。淡々とホイールを回転させていった。

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先頭を牽いているのが究極のタフマンで、僕の所属している「チーム亀太郎」のメンバーである「すーさん」。爽やかで頼りがいのあるひとだ。2番手、3番手はすーさんの友達の女性ランドヌール2人。ふたりとも経験が豊富で、快適なリズムでペダルを回している。そして4番手には同じ「亀太郎」の池田さんが着く。イケさんもすーさんに負けず劣らずのタフマンで、こちらも頼りがいのある方だ。

 

そんな集団の最後に、一番頼りがいのない男、僕がついている。「いつかこの2人くらい、頼りがいがあるひとになる」ことを心の中で誓う。

 

トレインは安心感があって、居心地がよかった。

スピードは、決して巡航速度は速い方ではない。25km/h~28km/h周辺でゆっくりと、しかし確実に前へ進んでいくのだ。それは、信号が多い地域に差し掛かった時にわかった。

 僕達の横を33km/hくらいで走る2台の自転車達。しかし、信号が多いため、それほどの巡航速度を出しても引っかかってしまう。青になるタイミングで、僕らは交差点を通過していく。結局彼らはムダに体力を消耗してしまう。それに気がついたのだ。

 

「すーさん凄いっすね、ペースメイキングが明確で。」とイケダさんに言うと、

「すーさんもきちっとわかっているみたいですね、流石だ」と言う。ふたりとも、わかっていたみたいだ。

 

集団で走っているときは、危険を回避するために手信号を用いる。「止まります」「この先段差」「車が駐車している、右へ」といったことを、ジェスチャーひとつで指図する。必要以上の会話をしなくても、それだけで伝わることの楽しさを感じる。

 

1時間半くらい走っただろうか。僕たちはコンビニに寄って水分補給とATMへ、ここで女性陣とは別行動。「またゴールで!」を合言葉にして別れた。

静かな海沿いの倉庫脇を通りぬけ、焼津へ差し掛かる橋を渡っていると、後方から差すオレンジ色がきらびやかに輝いていることに気付き、後ろを見た。

 

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橋を渡りきり、信号待ちをしているとすーさんが「見ろ!これはキレイだぞ。」と言って左を指さした。落ちかけたその眩しい光が赤と青のグラデーションを演出している。空が燃えているとはこういうことをいうのだろうか。ここまで800km走ってきたご褒美をもらっているようだ。

 

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 「子供のころ見た空は、こんな感じだったなあ。今ではもう見れないと思っていたけれど、ほんと最高だよ。」こんなことをすーさんは言ったと思う。その言葉が忘れられない。

焼津という港町へ入るころには僕らはライトをつけ始め、再び反射ベストとライトだけが光る物体になった。今年土砂崩れで通れなくなってしまった大崩海岸という海岸沿いのルートを避けて、宇津ノ谷峠という100m程度の小さい峠へと進んでいった。

 

ちょっと中心街から離れただけであたりは一気に暗くなって寂しさを感じ、自分がどこにいるのかはキューシートでしかわからなくなるけれど、土地勘のあるすーさんとイケさんに支えられながら峠のアプローチへと進んでいった。

 峠は中世から交通の要所として重宝されたらしく、国道1号線が通っていた。だけれどもそこは自転車が通れるようなところじゃなくて、そのそばにある昭和初期あたりまで使われていたルートを走るよう指示されていた。高速道路のようなR1の脇を通るその道は暗く、とても一人では走りたくないような道。

 ビクビクしながら登る僕はすーさんに「ここ、出そうなところですよね。」と言うと

「え!いいねコーヘー君は見えるのかな?」と言われた。「ブルベって心霊スポットを知らないうちに走っている気がするんですが…」

「山には結構そういうのがいるから、幽霊なんてこわくないよ!」*2

 

 

宇津ノ谷峠の下り、神奈川側は国道一号と合流して走るように設計されている。どうしても高速道路なみにスピードが出ている車と同じ道を走らないといけない。道路にある道の駅で休憩をした。

 

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写真はないが、出発する直前に別グループのSさん達とたまたま合流したので集団で一気に降りることにした。

実際に国道1号を降りて行くと、これがなかなかこわい。ディズニーランドに行かなくても十分なくらいのスリルを感じることができる。いつトラックや乗用車に吹っ飛ばされるかわからないドキドキと、反対側に寄せすぎてガードレールにぶつかるかもしれない緊迫感と、ガラス片が大量に落ちているトラップはマリオカートよりも意地悪だ。待ち時間もいらないけれど、もうやりたいとは思わない。

 

無事下までたどりつくことに成功して妙にテンションが上がっていた。交差点を右折してバイパス沿いによくあるラブホテル街をすり抜けていく。きらびやかすぎて何よりも目立って、もはや僕らを歓迎しているかのように極彩色のネオンが視界に入る。ホテルの中にいる人なんて所詮僕らのことなんて気にしていないはずだけれど、そんな想像も働かないほど頭と身体が疲弊していることだけはわかった。

 

細い道を抜けると、趣のある宿場街のようなところをすり抜けて、おおよそ6人のトレインは清水へと進んでいく。3日目の夜が始まった。

 

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2014年9月22日(月)PM6:40 静岡県 静岡市 840km地点

 

集団で走っていると、気持ちがやっぱり楽になる。信頼のある人達といっしょに走ることは、経験の浅い僕のような人がロングライドを完走するには重要なファクターのひとつだと思う。そんな気持ちとうらはらに、僕の身体は少しずつ異変が起きていた。頑張っても、頑張ってもペースが上がらない。みんなに時々離されそうになることが何回かあった。「これだけ速く走ってるように感じてもそれほど進んでない?」と思うと、精神的にこの区間は苦痛だった。

 

通過チェックポイントのサークルKにたどり着いたのは20;00くらい。

もう身体はへろへろ。胃の調子も微妙。

 

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池田さんのナイト・ショット。ヘルメットライトが眩しい。

 

すーさんは「清水で寿司か海鮮丼の店へ行こう」と提案してくれたのだけれど、あいにくその店が遠いところにあるらしく、仮眠の時間はおろか次のPCに間に合うかわからない自分は断ることにした。ここでDNF覚悟で海鮮か、そんな状況でなんとか間に合わせることができるか。僕は出来ない。そういうと、すーさんとイケさんがこういった。

「コーヘー君がピンチなら、海鮮は諦めて皆で走ろう。食事は道沿いで探すよ。」

「いやいや、そんなこと申し訳ないですよ・・・」と僕が言うとイケさんはこう返した。

「初めての1000km完走がかかってるのなら、そうしましょうよ。諦めたらもったいないでしょう。」

 

自分ならまだこんな格好いいことは言えないな。

道沿いの店に入って食事をするということで決まり。ここからさっきまでご一緒させてもらったSさん達と別れ、先へ進むことにした。

清水へ向かうこの道は、やっぱりというか人気がない。

さっきから海の音が聞こえる。真っ暗で見えないけれど、反対側が何も建物の明かりが見えないのはその先が海だから。

波が立つ音しか聞こえない。時々クルマのライトが通り抜けるだけだ。

 

街に入る手前で浜松餃子を食べることができる店を見つけ*3、そこで食事をしようということになった。外は寒く、歯がガチガチ震える。店内に入るととてもあたたかくて、一気に眠気が襲ってくる。餃子とつけ麺セットを注文するやいなや、僕はテーブルに頭を預け一瞬の夢を見た。

5分から10分くらい眠ったであろうか。

ぱちりと目を開けると、いくらか眠気から回復しているみたいだった。ちょっとした仮眠でも十分効果があるみたいで、仮眠の重要性を改めて感じた。ほどなくすると、目の前に温かいつけ麺と餃子が届いた。

 

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自転車ってこういうものを食べるためにあるんでしょ?w

 

ここまで800km以上コンビニ飯ばっか食べていたから、ここで初めてのグルメ。嬉しくてしょうがない。大盛りにしてよかった。餃子もうまい。幸せの形をしていた。

 

ペース計算をすると、次のPCまでは平均15km/hで進まないと間に合わないことがわかった。12km/hで本来は走ればいいんだけれども、これじゃあ普通のブルべと変わらない。

 

店を出て、店員さんとちょっとお話。ブルベライダー恒例、「どこまでいくんですか?」

という話をした。すーさんが説明してたけれど「ええええ!」とやっぱりビックリしていた。「頑張ってください!」とエールを受けて、リスタートを切った。

また、真っ暗な道が続く。清水の街が見えた。清水エスパルスのホームタウンだからか、いたるところに「エスパルス」の文字が。静岡のサッカー人気って凄いなー、これが街が一体になっているってことかななんて思った。あと、「ちびまる子ちゃん」って清水だよね?考える暇なんてなかったけれど。

 

観覧車があって、まるでプチみなとみらいだ。翌朝には、これよりはるかに大きい観覧車のある街へと行くのだろう。自転車でみなとみらいに行くんじゃなくて、デートで行けたのなら素敵なのだけれども、そんなことは完走した後に考えよう。*4

 

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どちらにしても、ゴールまで走らないとそんなこともできないのだから。

もう、帰りたいのかなあ。

PM9:30

3本の矢はひたすらに、挫けそうな心と戦いながら矢印通りに突き進んでいく。

そんなつらさの中にも楽しさはある。だからといって、3日も続けていると感覚がマヒするのはふつうのことじゃないか、そんなことをぼんやりと、僕は考えていた。

 

記憶は時間が経つほどつらいことを忘れるというけれど、昨日のようにリアルな感覚として残っている。

 

淡々と走っていると、右側のビルに見たことのあるロゴマークとネオンが見えて、それが初日に止まった系列と同じ健康ランドだということは、すーさんに言われるまでは気が付かなかった。思考力が低下しているのかもしれない。

 

時間の余裕があるライダーなら、ここに寄ってお風呂に入ってつかの間の休息を撮ることができる。僕の場合は時間がないうえに、遅れを取り戻さないといけないからそれを横目に通過するだけだ。

温泉に入りたかったって思っているのは、僕だけじゃないはずだ。

国道1号線、由比のバイパスが見えてきた。

ここのエリアは、自転車が車道通行することができないため*5、道路脇の歩道を走ることを余儀なくされる。普段、自転車は左側をはしるのが一般的だが地理上の関係もあり右側を走らなければならない。自動車たちのライトが僕にめくらましを仕掛けているんじゃないかと思うほどの眩しい光だった。

 

ついに歩道が途切れ、反対側に渡るための信号へたどり着いた。歩行者用信号が設置されていて、これを押すと通行ができることは全員が知っていることだと思う。

ただここは、日本の大動脈である国道1号だ。幾千の車の流れを、ボタンを押すだけで止めることができる。まるでタイムトラベラーみたいに。

 

信号を渡り、崖沿いの険しい道をちょっと登ると旧東海道の由比宿にたどり着いた。*6

このあたりはとても静かで、古くからある佇まいの住宅が多く存在する。

幅はそれほどなく、自転車が一台かろうじて通れるような道だ。ビールびん用のケースが玄関先に置いてあったりして生活感が漂っている。すーさんは、「いいとこだろ?」と僕に話しかける。同感だ。人の温かみを感じるところを走ることができるのはいいことだ。明るいうちに走ってみたかった。

 

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この近くの道が崩落したのをニュースで知ったのは、3週間後のことだった。*7

 なにもうまいことなんて言う必要なんていうのはない。

あと、140km。今度は沼津まで続く道へと合流した。街灯がぽつりぽつりと見えて明るいし、家もあるのだけれども人の気配を感じなくて、怖さだけがあった。

 

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僕の前を走っている2人― すーさんと池田さんの2人が、先ほどからなにやらゴニョゴニョしゃべっている。僕は気になってしょうがないのだが、あえて聞かないことにした。何やら、楽しそうな話に聞こえる。*8

 

 今度は僕にすーさんが近寄って、話しかけてきた。「こーへーくん、君さ、…」

 

 

そのあとは何を言ったか、ここでは書きたくない。すーさんも疲れていたのだろう、突然大声で叫んだりしていた。とにかく、このブルベで一番面白い会話をしていたと思う。*9

ここでは紹介できないのが残念である。ただ、ハンマーで叩かれたように目が覚めたことだけは確かだ。

 

 そんなことばっか話していたからだろうか、この区間をかろうじて乗り越えることができた。くだらないことこそが、なんとも言えないほど楽しいことだったりするのだ。*10

 

PM10:30
10kmほど進むと、一本の橋が見えてきた。

また別の街へとつながっている。RPGゲームで言えば、ダンジョンのステージチェンジみたいな感じだ。

 

紙パイプの工場地帯を通り抜ける時、小学生の時に嗅いだような紙の古臭い匂いを感じた。何気なく、人生はリンクしているんだなってことを感じる。

 

再び、橋を渡る。伊豆半島の付け根、沼津市に突入した。

相変わらず道路は暗く、退屈でしょうがない一本道。海沿いに延々と植えてある松が、さらさらと音を立てて揺れる。この松の奥に怪物でもいるかのようだった。

 

時刻は、午後11時を回った。

突然、それまで順調に先頭を引っ張っていたすーさんのペースが落ち始めた。

全体行進の脚のリズムが少しずつ崩れて、最終的にはバラバラになってしまうあの感覚に似ているものを僕は味わった。それまで等間隔で1mくらいの間隔で走っていた列が、少しずつ崩れはじめていく。「やばい、眠くなってきた」ぽつりとすーさんが言った。

 

真っ暗な道は、僕らを飲み込もうとしているのだろうか。

なんともいえないくらいの退屈さが襲ってくる。

 

「大丈夫ですか?」僕はすーさんの横に並び、元気がどうかの確認をとる。

「やばいぞ、これはー…。」とすーさんは言って、フラフラと蛇行気味になりはじめた。

まずい。このままだと落車してもおかしくない。スピードメーターは20km/hを切った。

 

自転車のカラカラというラチェットの音だけが虚しく響く。

 

「おし。」すーさんは何か覚悟を決めたのだろうか、一言言うと大きく息を吸った。

「ファイトォー!!!!」声が震えて、ハンドルを持っている手にも響くくらい、ビリビリと声が伝わってきた。叫ぶだけでも、回復するのだろうか。

 

あまりの突然のことだからか、僕は笑うしかない。こんなこと、普段の生活じゃ絶対に体験できないわけだし、周りが日常なのに自分たちだけが非日常の空間にいることが何よりも面白い。僕自身、もう壊れ始めているのかなと、冷静なアタマの部分で考えた。

 

叫んだ後のすーさんは、すっきりとした顔をしていた。

2014年9月23日(火曜日)AM0:00 静岡県沼津市 870km地点

横浜へのタイムリミットまであと10時間を切った。

日付が変わった。4日目へと突入した。

 

次のチェックポイントまでの距離はあと20kmもない。おおよそ40分ほどのマージンを稼いでいることがわかった。どうやら、ここまでの頑張りが報われたらしい。

 

「そろそろ先頭はゴールしたんじゃないか」なんて会話を2人のどちらかにしたような覚えがある。どちらにしても、もう3ヶ月前の話になるからか、眠気のせいか覚えていない。実際は、「そろそろ」なんかじゃなく、「すでに」僕らが御前崎のコンビニで仮眠を取っていた夕方ごろには到着していたということを知ったのは、僕が帰宅してからのことだった。*11

ロングライドをしていると、すべての物事が楽しいと感じる瞬間と、すべての事象にイライラする瞬間がある。まるでドラッグでも使ったみたいな感じで、それまでひた隠しにされていた感情がふつふつとあらわになる。自分に素直になれる楽しさが、ここにはある。

 

僕がこの時間帯に感じていたのは、後者だった。

どうにもこうにも、僕自身のペースが上がらない。こういう状態になると、キレイなものには目をくれることもなくなり、ひたすらにイライラと対峙することになる。

 

「ここ数時間、誰とも会っていない。他のライダーはどこにいったのか?」

「もしかしたら、僕達は別のルートを走っているんじゃないだろうか?」

「そもそも、僕はなぜここにいる?なんで辛いことをしてまで?」

考えてもどうしようもないこと、全く問題ないのに疑いが出てきて、人間のわるいところが滲みだす感じがした。

 

先程から、スピードメーターは15kmくらいで推移していた。再び、すーさんに眠気が襲ってくる。時間に余裕があるということで、PC(チェックポイント)数キロ前のコンビニで休むことにした。とにかく、間に合えばいいので僕も止まることに賛成した。

 

到着して、久しぶりに自転車から離れる。一歩歩こうとしたとき、フラッと目眩がした。

視界が歪み、DNAの組織図みたいな螺旋状の幻覚が見えた。もやもやとした糸のようなもの、僕にも眠気が襲ってきていることがよくわかった。「大丈夫?」と池田さんに心配され、僕は親指を立て、返事をした。

 

コンビニではサンドイッチと暖かい飲み物を購入した。カロリー不足のせいか、身体の震えがでていて危険だった。

「ここまでくれば、このPCはいけるよね」そんなことを話していた。

たしかにその通り。まずはPCに間に合うことが大切。じゃないと、ここまでの890kmとは何だったのだろうかということになってしまう。

 

クリートをはめて、再出発だ。

沼津からはちょっと南側にそれた、函南(かんなみ)という静かな町までやってきた。

静岡県の東端のほうまでついに来たのかと、ぼんやり考える。

 

再スタートをしたのだけれども、以前ペースは上がらなかった。眠気は回復したのも一時的で、またすぐにペースが落ち始める。錆びついたホーロー看板のように、だめになってしまう。僕は少しだけペースを上げて、函南の静かな町をひた走った。

 

ハンガーノックの症状が、再び出始めた。うそだろ、さっき食べていたじゃないか。

ペダルに力が入らない。後2kmぐらいなのに、ひたすらにもどかしい。

ハンドルを思わず叩く。「くそっ!」と悪態をついてしまう。本当は、やってはいけないことだと知っていても。

 

交差点を左折して、少し登ると、コンビニの派手な明かりを確認した。

そこから到着するまで、一体何処にそんな力があったのだろうかと思うほど、全力で走ったことを覚えている。

到着。ホッと一息をついた。

コンビニの駐車場は、まるで野戦病院のようだった。10台以上の自転車が止まっていて、その下しはアルミホイル製のエマージェンシーシートに包まれたライダーが仮眠をとっていて、みんなボロ雑巾のように疲れた顔を浮かべていた。

ここは現実かどうかもわからなくなる。

 

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30秒ほど遅れですーさんと池田さんがやってきたのを見届けて、僕は店内に入った。おにぎり2つと、カップ麺。あと炭酸飲料とミネラルウォーター、そしてポカリスエットを購入する。レシートをチェックすると、足切りの時間まであと9分といったところだった。

 

906km地点。最後の中間チェックポイント、PC5の函南セブン-イレブンには01:21に到着した。(クロースタイム01:29)

 

コンビニの軒先で仮眠を取ることにした。

だいたい、30分ほど寝れればいいか。

「僕、30分ほど寝てから出発しようと思っているんですけれど、どうでしょうか?」

池田さんにそう相談すると、「私もちょっと寝ようと思っていたのでいいですよ。」

と返ってきた。

すーさんも「40分くらい寝たいなあ」ということで、一致した。*12

 

Iphoneのアプリで気温を確認すると12℃しか無く、9月の中頃にしてはだいぶ低かった。半袖にスパッツではなかなかきつい。サドルバッグから雨用のウェアを引っ張りだし、眠ることにした。コンビニにパンストが売っているのでそれで凌ぐこともできるけど、妙に恥ずかしいのか買うことは出来なかった。*13

 

ご飯を食べたら、ひたすらに眠る。僕の目の前では、A埼玉のジャージを着ている人に誰かが応援に来ていて、何か会話をしていた。僕と面識のある方だが、僕は疲れて挨拶ぐらいしかできなかった。泥のように眠ろうと横たわっていると、「21歳でブルベやっているなんて…」と声が聞こえてきた。

 

”年齢なんて、関係ないじゃないか。”やりたいと思った時、それをやろうと思っただけだ。それがたまたま21歳だっただけであっただけのことなんだ。なんて思う。

携帯のアラームが鳴った。反射的に目がさめる。完璧だ。

40分近く眠っただけで、目とアタマがやけに覚めている。火事場の馬鹿力?とでもいえばいいのだろうか。

 

すーさんを起こしに行って、いけるかどうかの確認をした。どうやら大丈夫みたいだ。

ヘルメットを再び被り、戦闘体制の衣装に着替える。フロントライトの電池交換も。

ひとつだけ反省しないといけないのは、尾灯が弱くなっていたこと。池田さんにこれを指摘され、緊急で貸していただくこととなった。次回から直していかないと。

 

あたりを見回すと、先程までいたアルミホイル集団もいなくなり、自転車も少なくなっていた。もう先に出発してしまったのだろう。

 

池田さんから、「ここまで来たんだから、きちっと完走しましょう。」

と優しい声で言われた。励みになる。完走しようと覚悟を決める。

 

ここから先は、熱海に繋がる峠ひとつを攻略すればいい。

そこを越えれば、勝手知ったる神奈川県。江ノ島や横浜のゴールが現実的なものに変わっていくのだから。

 

「よし、いきましょう。」

ポツリと、しかし強い意志ですーさんが声をかけた。

自分もその言葉を反芻して、胸の中にしまいこむ。

 

日付が変わった4日目の午前2時15分。

僕たち3人は頼りないホタルの光のように、峠へと飛んでいった。

*1:fleche.フランス語で「矢」のことを指し、3~5人のグループで24時間以内に360km以上を走破することで認定が貰える。

*2:もっと具体的に言うと、「幽霊には基本的にこわいものだってみんな思い込んでいるけれど、そんなことは実はなくて、怖い、って思い込んでいるからなんだ。僕は岡山1000で……と以下続く…」

*3:五味八珍 駒越店でした。」

*4:2016年3月13日時点ではそのどちらも達成できてません。

*5:この区間はできる。ただし、国道を走る車がとても速く脇を通るので通らない。あとブルベのコースとして直進を走ることは今回認められていない。

*6:「この反対側には薩埵峠がある」ということを、すーさんとイケさんが話していて、その当時はどんな峠だかもまったく想像せず、いくつかある峠の1つぐらいの位置づけでしたが、最近はR東京のサッタ峠シリーズから、1番登ってみたい峠にまで個人的なランキングは上がっています。ちなみに斜度はとてもあります。とても。

*7:

【台風18号】東海道線で土砂崩れ、けが人はなし 由比-興津間 - 産経ニュース

*8:後日談で聞いてみたら、全然ある立場からは楽しくない状況だったり、でっかいターンアラウンドのまさにその真っ只中だったみたいです。(謎)

*9:こういう話はブルベでするのがとてもいいのかもしれません。なぜなら思考能力は連日の走行で衰え、判断基準もあやふやになっていることがだいたいだからです。この話はたぶん10年以上覚えているんだろうな。

*10:本来は日常生活の現実逃避であるブルベ時において、さらに現実逃避をすることも大事です。完走するためには。あと楽しく走るためには。

*11:ちなみにその先頭はhideさんでした。

*12:フレッシュでもそうですが、ある程度全員で睡眠時間の相談をすることで安心して走ることができます。たぶん、1番長く眠る人にできれば合わせられればいいんじゃないかなあ。

*13:時折履いている人います。