【BRM920 ええじゃないか伊勢夫婦岩1000】 その6 DAY2前編 伊勢→愛知
伊勢の街を抜け出し、北へ北へとペダルを回す。
宮川を越えたあたりで、小学校の次の交差点を曲るはずが、それに気づかず僕はミスコースをした。
「おーい、そっちじゃないよー!」
後ろから声がして振り向くと、#nikonikoBのがんちょさんだということに気がついた。おかげで復帰することができた。先ほどフィリップさんががんちょさんに僕の状況を話してくれたらしい。
「牽いていただいて助かります」「いやいや、そんな大げさなことないよ。それより、今は追い風になっているみたいだね。これ、神風かもね!」
太陽がついに沈み、2日目の夜を迎えた。昨日の夜より気楽だ。フロントライトを付けようとしたら、光量が弱い。電池を買わないとだめだということだ。これでは夜中は走れそうにないので、ここまで牽いてくれたがんちょさんにお礼をしてコンビニへと向かった。
電車で一緒になったOさんがぐったりとしている。眠いのだという。エールを送り、僕は先を急ぐ。
そして、旧伊勢街道を走っていた時、アクシデントは起きた。
小さな路地にさしかかり、ゆるやかに左折しようとした。その時、進路上に段差。時速10kmぐらいまで落として、ゆるやかに小さく飛んで転んだ。*1
ぐは、痛え。
自分のケガより、「自転車は大丈夫だろうか?」と考えてしまうのは自転車乗りの習性なのかもしれない。幸い僕自身ケガはないので、すぐさま時点スアの下へ。ホイールがフレたとか、パンクが発生していないだろうかとチェックをした。幸い、特にそういうことはないみたいだった。
だけれども、STIの左シフトワイヤーが完全に内側に傾いて曲がってしまった。ディレイラーとワイヤー自体には特に問題はないようだ。すぐさま、力を入れて元の形に戻ろうとするけれど、なかなか戻らない。
そうしていると、後ろから「大丈夫?」と声をかけられた。穏やかなその声は、たったさっきコンビニであったOさんだった。どうやら転ぶ前から僕の動きを見ていたようで、焦りきっている僕にOさんはこう言った。*2
「焦ってばかりいるとゴールに辿り着く前に命を落としかねないよ!さっきから君のペースを見ているけれど、きちんと走れば大丈夫!一旦深呼吸していこう。」
僕はハッとなった。確かに焦っても、信号一つ止まれゆっくりでも同じだ。
深呼吸をして、もう一度ペダルを回す。ようやく冷静になることができて、こころにちょっとだけ余裕が生まれた。
その方と、ちょっとだけ一緒に走った。名前を知りたい。
先ほどのアクシデントで冷静になれた。「家に帰るまでがロングライド」だ。
「もう間に合わなくてもいいや、とにかく走ろう…」
信号待ちをしていると、後ろから眩しい光。後ろを振り返ると、何台ものの自転車の隊列だ。
奇跡なのかもしれない。
Oさんが、先頭を引っ張っている男性に何か話している。僕はその男性に見覚えがあった。確か、5月一緒に走ったことがあるけど、誰だろう。そう考えていると、その男性が通りすぎていく時、僕にこういった。
「おう、若いのだったか!時間やばいんだって?いいよー。ついてきなー」
僕はかつてリュウさんのトレインに着いていこうとして、最終的にちぎれてしまいリタイヤしてしまったことがあった。それが、5月の山陰北陸1000だった。
「とにかくこのトレインに乗らないといけない。」
駆け込み乗車をするように、僕はトレインに合流した。
そしてメンバーをよく見ると、よく知っている顔が。
なんと、イケさんだった。どうやらリュウさん達とばったり会ったらしく、そのまま一緒なのだとか。とにかく、久々の再会だ。
走っていると、改めて感じる。そのペースの速さと、このトレインの凄さが。
信号が青になって、リュウさんを先頭とするトレインはジェットエンジンのように加速していく。僕は前から4人目、つまり4両目を走っている。集団=トレインになる理由はシンプルで、縦一列になると先頭は風よけとなり、後ろを楽にしてくれるのだ。リュウさんはその空気を全身に受け止めて、後方が楽になるようにハイペースで走っている。
リュウさんが先頭を引っ張っている理由として、オダックス埼玉の女性メンバーをフォローしているということもある。できるだけ女性陣の負荷を抑えるため、リュウさんはそれを引き受けている。カッコイイ。全身がしびれるのを感じた。
不思議なことに、このトレインに乗っていると目の前の信号がすべて青になる。30分ほど走って、ようやく信号が赤になり止まった。
一息ついてリュウさんが、「若いの、今日はついてきてるじゃないか」と言う。僕は息を荒らげていて、笑うくらいしか返事ができなかった。
スピードメーターを見ると、常時33km/hぐらいを前後している。脚に乳酸がたまり、体の自由が少しづつ効かなくなる。心臓のバクバクという音がやたら響き、キューシートの上に汗が滴る。時折めまいと吐き気を催して、視界がゆがむ。それでも、それでもこのトレインから脱落したらもう終わりなんだということを自分に言い聞かせる。諦めたら、前に進めない。ここで終わりなんて嫌だ!
僕は意地でも超えたかった。できるだけ前へ。スタート前に走り切ると決めたのだから。
そんなA埼玉トレインは、ささやかに街灯が光る静かな町を快速で通過していった。
田舎道をしばらく走り、交通量の多い三重バイパスに再びさしかかり、再び高速道路のような道へ戻る。途中、左手にミニストップが見えた。リュウさんたちは休憩をとると言い、店内へ。僕もハンガーノック気味で辛かったので自分も休憩に入ることにした。
イートインのスペースに10分ほど座る。まだ息が荒れていて、ウエッと胃からこみ上げてくるのをこらえて、エネルギー摂取だ。
座り込んでいたいけど、やっぱり急がないといけない。僕はリュウさんたちより先に出発することにした。「気をつけて!」というリュウさんの言葉が背中を押してくれる。
なにもない、畑だけが広がる三重の田舎町。そのど真ん中に作られた、真新しい幹線道路。照らしてくれるのは、自転車ライトと街灯と、車のライトだけ。黒と赤と黄色の世界が覆い尽くしている。
ふたたび、鈴鹿サーキットまでやってきた。
ほんとに午前中に通ったのか?そう感じるくらい、濃密な時間が流れていた。エンジンの音ひとつもしない静かな場所だった。
えっちらおっちら登っていると、埼玉女性トレインの姿が。
牽いて走るミドリさんをパスするとき、「みんな早すぎるよ~!笑」と言われてしまった。*5
鈴鹿市街を抜けるとき、久しぶりにチームメートのけーこさんに会った。
なんでここにいるのだろう?聞くと、昨日のシークレットPCでリタイヤしたのだという。が、走りたいので輪行をして伊勢を拝み、復帰して走っているとのこと。ただただビックリだ!自転車の楽しみ方はブルベだけじゃないっていることを改めて実感する。
僕の事情を説明すると、けーこさんは「前に速い人がいるから、その人に引っ張ってもらうように言うよ!」と助けてくれた。ありがたい。支えられている。*6
けーこさんについていくと、前方にAJ群馬ジャージの方が。ジャージには「AJ群馬」と書いてあって、小さくぐんまちゃんの絵が。火山峠で一緒に走ったあの方だ。その方に、「大丈夫だ、きちんと走ろうね!」と言われ、ちょっとホッとした。一緒に目指すことにした。
けーこさんとはここで別れ、ただ先へと急ぐ。
▼ 迷子の兵隊
川を渡り、朝走った道をたどる。たったそれだけのことなのに、眠気が襲ってきてミスコースをしてしまう。自分に苛ついていた。
あいにく、ぐんまちゃんジャージの方もGPSを持っていないため、2人でキューシートを照らし右往左往、アタフタしながら少しづつ攻略していく。
それでもミスコースは続き、クローズの時間は着々と迫っていた。
うまくいかなくて、更にイライラしていた。一度とりもどした時間が、再び借金になっていく。「どうするんすか~!」なんて口走っていた。今思うと申し訳ない。*7
▼「乗るぞ!!」
そうこう悪戦苦闘して、ようやく夜明け前に走ったみちまで辿り着いた。
残り1時間の時点で19km。これが平坦なら、次のPCまでなんとか間にあうが、このあたりから登りが始まる。一人では絶対無理だと悟った。
マイナス思考に陥り、「もうだめだ」とポツリと呟いていた。
僕はなんとも言えない気持ちになっていた。申し訳ない。
登りは続き、残り時間は40分。残り11km。クローズタイムより+6分くらいのギャップ。ここから一番キツイのに・・・。諦めそうな気持ち。
そうやって、信号にまたひっかかる。星川の交差点は長い。
速く青になれ、そう思っていると、僕らの後ろから声。そしてライト。先程より人が多い。リュウさんトレインが追い付いてきた。ふたりにとって、救世主がやってきた。
「乗るぞ!」とぐんまちゃんジャージの方に言われ、すかさず乗った。
先ほどより人数が増えている。12~14台の自転車が、ライトで自分の居場所を主張している。さながらロードレースくらいの数。PIPIさんの姿も見えた。*8
登りがキツイ。歯を食いしばって登る。「ここで諦めたら終わり。そんなのいやだ!」必死でしがみついた。
登りの終わりが見える。30分近くは登っただろうか。2灯のライトと反射ベストたちが、真っ暗なバイパスをホタルのように駆け抜けていく。
夜明け前に通った県境にかかる橋に差し掛かり、18時間ぶりに愛知県。見覚えのある景色へ。やけくそで、最後は全力のロングアタック。
PC3が見えた。昨日泊まった満喫隣のコンビニ。クローズは23:21。急いで店内に駆け込み、目の前にあったブラックサンダーを取り、レジへ駆け込む。並んでいて、焦る。「お待ちのお客様どうぞー」と店員さんが声をかけ、いよいよ僕の番。
会計を済まし、レシートをおそるおそる見る。
よし!!!間に合った。クローズ7分前、首の皮1枚つなぐことができた。
どこに泊まろうか。30km先に健康ランドがあるみたいだけれどもう身体が動かない。オールアウト状態。イケさんと話しているうちに「ここで泊まりますか?」という流れになり、目の前にあるこの建物に。*9
昨日と同じ宿、同じ天井。
24:00ちょうどに満喫へ入り、昨日と同じリクライニングシート席を確保する。外は寒く体が冷えてしまったので飲み放題のドリンクサービスでホットココアを2杯すすってから一息つく。
ここからチェックポイントの制限時間が緩和されて、15km/hから12km/hに換算できる。というのも、ここは600km地点。とりあえず、3時間寝よう。隣の客はなにか音を立てている。気にしない。外的要因も、このシートに座った時からシャットアウトされた。
明日のことを考えてるうちにうつらうつらとしてきた。やがて騒がしい外の声が聞こえなくなり、つかの間の夢を見た。
つづく。